とにかく大変

携帯代が払えず携帯が止まってしまった時、一番最初にやばいと思ったことが仕事の連絡が何一つとれなくなったときです。

 

固定電話なんてものは一人暮らしの家にあるわけもなく、電話の連絡が来なくて打ち合わせに送れそうになることもしばしばありました。

 

ちょうどその時期、私は仕事の関係で、街の調査をしていました。先方に伝えていた電話番号も個人の電話番号であったために、一時、とても困った状態に陥りました。

 

先方の予定が急に変わった時に、連絡の取りようがなくなってしまったのです。パソコンのメールも教えていなかったので連絡手段は携帯電話のみ。

 

携帯電話でのみつながっていた私は、連絡が来ず、インタビューをしに行った時に、直接今日は予定が合わなくなったといわれました。その時の悲しみといったらありません。

 

交通費の2万円がパーになりいました。あの時ほど携帯電話は止めるものではない、と感じました。

 

もう一つ、印象的に私の心に残っているものは、電話が通じないので、手紙が増えたことです。

 

パソコンは生きていたのでメールもできるのですが、インタビュー対象の方がメールになじみがなかっため、手紙が送られてくるのです。古き良き日本、とまで言うと大げさですが、手紙には必ず、一度相手を思いやる文章が入っていたので、疲れ切っていた私の心を癒してくれました。

 

最後に、公衆電話のありがたさを味わいました。受信はできませんが、こちらから発信はできます。仕事関係の方からの受信はメールは手紙で行い、こちらからの発信は公衆電話を使っていました。

 

汗だくになりながらメモ帳を片手に公衆電話を探した、とても懐かしい思いでに交わしました。携帯電話がないとおのずと公衆電話を探すことになるのですが、これがまた、大変で。

 

普段だったら携帯で検索しますが、使えないことを知ったら携帯電話は家に放置していきます。そうすると、出先で公衆電話を足で探すことになるのです。

 

そうなると、もう、自分が情けないやら何やらで、自分で言うのもつらいのですが、泣きたくなったこともしばしばありました。 

 

携帯電話が使えなくて困ったことは結構あるのですが、自業自得なので誰にもあたれないことが一番つらかったです。